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ストレスで「適応障害」と診断され改善する方法

  • 2020年7月19日
  • 2020年8月24日
  • 日常
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こんにちは、あつしです。今回は僕がストレスによって適応障害という精神疾患を患い、どのように改善させたのかをお伝えします。

医者や専門家ではないですが僕なりの答えとして、とにかく「無理をしない事」です。


僕は適応障害という疾患を患いましたが、日々の生活でストレスを抱える中、同じような症状を患う方も少なくないかと思います。「適応障害」と聞くと、有名人でロンドンブーツ1号2号の亮さんが有名かもしれません。一体適応障害とはどのような症状なのか、僕の経験を元にお伝えしていきます。

□ストレスによって現れた心のサイン

□病院に行く決断をしたきっかけ、そして「適応障害」に

□休職中の生活について、そして病気とどう向き合ったのか、改善策とは?

・ストレスによって現れた心のサイン

僕は当時34歳で転職し、飲食店で働いていました。新しい職場は僕以外、ひと回り以上歳の離れた店長とアルバイトスタッフで打ち解けれるのか少し不安な部分もありましたが、そんな事も深く考える余裕がないほど忙しく、お店は繁盛していました。覚える事も多く日々勉強し、仕事をこなす毎日だったと思います。

僕が転職した会社は比較的新しく店舗拡大に力を入れており、勢いのある会社だった事もあり、当時は2-3か月ごとに店舗異動をする事があり、同期の仲間や僕自身も店長に昇格するために他店で修行を積みながら切磋琢磨しながら頑張っていました。

しかし、徐々に環境の変化などでストレスが蓄積され、自分自身を責めるようになっていったのです。原因は自身のプライド、人と比べてしまう事でした。


20代の頃、僕は別の飲食店で約7年間働いており、店長も経験していたのである程度自信があったのです。労働時間も人手不足などで休みも少なく、今では考えられませんが、月の残業が100時間前後働く事もあったので残業にも慣れてしまっていた事もあり、現在は労働基準法も厳しくなっているので残業も殆どなく、体力的にも問題ありませんでした。

しかし、ひと回り以上歳の離れていた同期の仲間、店長、アルバイトスタッフのスピードに付いていくのが精一杯でどんどん自信を無くしていったのです。  職種にもよるかもしれませんが、年齢や学力だけではないし、人の成長スピードも違うから個性やペースを大事にして、教育する際も自分自身に言い聞かせていました。
そう理解していたのに・・どんどん自分を追い詰めるようになっていったのです。

僕はありがたいことに職場の人間関係に悩まされることは特にありませんでしたが、スタッフが多い環境なのでどうしても誰かが人の悪口を言い、それが蔓延して、この環境で平和に過ごしていくには周りに合わせていかないとやっていけないと感じてしまい、どんどん自分を見失い、人と比べたり、いつの間にか常に謙虚で、人当たり良く、嫌われないように仕事をこなすようなマインドを常に意識してしまい、その葛藤やストレスの蓄積で自身が関係がなくても失敗やトラブルがあったら自分のせいだと責めるようになっていきました。その後だんだん心や体調が悪化していったのです。


お店の環境を良くするにはどうすればいいのか、自分がリーダーシップを持ち、良い方向へ変える努力をすればよかったのですが、周りに流され自分を見失ってしまいました。そして過去に店長経験があったというプライドが邪魔をし、行動に移せない自分を余計に責めて追い詰めてしまい、さらにネガティブな事しか考えられなくなっていったのです。

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・病院に行く決断をしたきっかけ、そして「適応障害」に

働いている中で、どんどん心や体調が悪化していったのですが、もうダメだ!病院行かなきゃ!と決断した症状をいくつかお伝えします。

□不眠

□不安になり涙が出る

□出勤時に震えが止まらなくなる

□仕事中に頭が真っ白になり意識が飛ぶ

□電車や乗り物が怖い


マイナス思考になり、これらが悪化していったのは常に頭の中で「みんなすごいな・・どうせ自分なんて・・なんでここで自分は働けてるんだろう・・居る意味あるのかな・・何も貢献してないじゃないか・・迷惑かけるの嫌だ・・嫌われたくない・・」人と比べてずっと自分を責めていました。


もちろんポジティブに生きろ!何とかなる!楽しめ!と言い聞かせていましたが、マイナス思考の連鎖を止めることができませんでした。こうなると思考をコントロールできなくなり、会社の人から「相談のるよ、話聞くから」と言われた際も、僕の気持ちなんて理解してもらえない、他人事だ!利益の事しか考えていないのにうわべの会話はやめろ!という聞く耳持たずの状態となり、閉鎖状態になってしまっていたのです。


ただ、社会人の規律は守らないといけないという精神だけはどんな時も意識にあったので、遅刻、無断欠勤はしない、やるべき仕事はきちんとこなしていました。


そして「病院に行かないと取り返しつかなくなる」と病院に行く決断をしたのは出勤時の電車に乗る時でした。体の震えと意識が朦朧としながら駅のホームに立っている際に、このままホームから落ちて電車に轢かれたらどうしよう・・・と考えてしまったのです。その際にハッと気付きました。                         

このままだともっとおかしくなってしまう!死にたくない!治さなきゃ、、」と。


それからすぐに心療内科に予約を取り、通い始めました。鬱病なのかな?どんな病気なのかな?気のせいなのかな?と不安な気持ちで病院に行き、先生に言われたのが先述にも記載しましたが「適応障害」と診断されました。
*適応障害の詳しいことは別途記述いたします。


その後、会社の人といつまで働けるか、傷病給付金の支給などの話し合いをして、僕は休職の選択をしました。

休職の選択を決断をしたのは、この会社で1年間働いていたので傷病給付金を支給してもらえるというお話があった事、嫌で辞めたいという気持ちがなく、いきなり辞めたとしても生活の事を考えると休職して少し休んでから考えてもいいのかなと考え、その思いを伝えました。そして僕の休職生活が始まったのです。
*傷病給付金については別途記述いたします。

・休職中の生活について、そして病気とどう向き合ったのか、改善策とは?

休職生活が始まり、まず行動に移したのは「歩くこと」でした。

元々引きこもり体質ではなく、外に出て散歩するのが好きだったので苦ではなかったのです。

歩いているとあまり悪い事を考えないし、無の状態でひたすら歩き続けれたのです。音楽を聴きながらだと、気がつけば毎日10kmは歩くこともありました。 晴れている時は気分が上がり、パワーをもらえている感じがして気分が良かったです。めちゃくちゃ歩かなくてもスーパーに行ったり、川沿いでぼーっと眺めるのも気分転換になりました。


適応障害になり、不眠症になってしまったので家でずっとゴロゴロして寝るという事がしたかったのですが、熟睡ができなくてずっと意識がある状態だったので余計に辛かったし、僕にとっての改善させる第一歩は「歩くこと」だったのです。

他に改善するために行動をしたのは一人でカラオケに行って歌ったり、料理をしたり、筋トレをしたり、瞑想をしたり、、僕にとってストレスなく行動に移せたのはこれらの事でした。


通院をしながら先生のアドバイスをもらい、少しずつ規則正しい生活をするように心がけていったのです。

規則正しい生活をしていくと眠りにもつきやすいですし、体調も良くなり、ダイエットにも効果がありました。旅行はまだ抵抗があったり、先生からもあまり良くないと指示をもらっていたので、休職生活の時は身の回りで行動できることで体調を整えていきました。

あとは家族や友人たちと話したりして元気をもらっていたのも大きな改善の一つでした。


これらの経験を通して、余裕がないと自分を追い詰めてしまったり、無理はしてはいけないと感じました。

当たり前の事のようですが、それがうまくコントロールできなくなってきたら危険信号です。誰もが適応障害になりかねないと思います。僕から皆さんにお伝えしたい事は、転職活動は余裕を持って行動し、スキルや職場環境が自身に適しているか下調べをしっかりすることだと思います。

当たり前の事で恥ずかしいのですが、僕は転職活動期間が1ヶ月と超短期だったのです。急いで決めないといけないと焦っていたので、それが今回の結果になるとは当時思いもしませんでした。


僕は根真面目な性格のところがあり、社会人としてしっかり規律を守らなければいけない、すぐに辞めるのは良くない、言われたことをばか正直に受け入れて信じたりするところがあったので、もっと気楽に、自分が出来る範囲で考えていればよかったなと。

皆さんも「無理をしない事」を心がけて人生を楽しみましょう。       そして気が滅入ったら、僕が歩くことで発散できたように、自分の好きな事で気持ちを和らげてみてくださいね。
読んでいただきありがとうございました。


あつし

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